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復帰(4月2日以降のこと)

          

42日漢方の岡田先生のところへ薬をもらいに行く。

流産したこと、処置はしなかったことなど話す。

「処置はしたほうが良いのだけどね」言いながらも、煎じ薬やらいっぱい処方してくれた。

「午後から、会社に行こうと思う」と言うと止められた。

もう、アパートで一人で寝ているのも辛い。

さんざん寝ていたから元気になっていると思った。

しかし、さんざん寝て体力ががたっと落ちていた。

               

それは3日から会社に行ってよくわかった。

ずっと立っているとお腹が痛くなった。

立ちくらみをした。

つわりはずっと続いている。

力が出なくて少し重いものでも持てなくなっていた。

通勤のバックをザックに変えた。

一番体に負担がかからないと思ったから。

そんなに重くないのに肩がパンパンに張った。

金曜日にはヘロヘロだった。

             

それでも、出血は13日頃止まったし、体はだんだん回復してきたと思えた。

そうしたら今度は仕事疲れだ。

腰痛と足のむくみ。だるさ。

こんな自分に慣れなかった。

              

今まで朝、早く起きて散歩して、ストレッチやら筋トレして、

会社に着けば11階のオフィスまで階段で上っていつも元気だった。

でも、流産後は散歩を15分くらいしただけでどっと疲れ、

ダンベル体操を少ししただけで体全部が痛くなった。

体力をつけようにも、つけられない。

どうしたらよいかわからない。

             

出血のときさんざん泣いたからもう、大丈夫だと思っていたけれど

心もそうとうダメージを受けていた。

時々、勝手に涙が出てきて泣けた。

心も体もお母さんになろうとしていたから、突然子どもがいなくなって、これから私はどうやって生きていったらよいだろうかとわからなくなった。

目標喪失。生きていても仕方ない。

               

何とかしなければという気持ちと

何ともならない、無理がきかない現実で途方にくれていた。

今でもそうだ。

                

子どもはすぐ欲しい。

しかも愛する人の子どもを。

それは私にとって、食欲とか性欲と同じくらい自然な人間としての欲求だ。

だけど、「子宮筋腫があまりにも大きくて手術してとらないとまた流産してしまうよ」なんて言われて、怖がりの私はまた頭をかかえる。

「年だから一刻も早く子どもを作ったほうが良い」といわれるが、まだ結婚もしていない。

二人、結婚して上手くいくのかなあ。

              

そんな不安な心と体で生きている。

ほんとうに「なんとかなる」と思っていないと生きていけない。

この流れに逆らって、泳ごうと手足を動かしても足をすくわれてしまう。

だから、ちょっとの間流れていようと思う。

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